日本基督教団  関西学院教会~青年会

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2011年 07月 15日

教会に繋げられる喜び

関西学院教会に招かれるようになって3年ほどたちました。ちょうど新緑の季節だったでしょうか、仁川幼稚園のイチョウの緑が鮮やかな頃、礼拝堂に入ったときに荘厳な礼拝堂の中に教会ならではの親しみ深い感覚を感じたことを今でも覚えています。
就職のため、学生のころ過ごしていた京都から兵庫のほうに移ってきた私は、正直なところそれまで過ごしてきたようなクリスチャン生活を、社会人になっても守れるか不安に思っていました。それこそ、まったく杞憂にすぎなかったと反省していますが。 苦笑)
ただ大好きな京都の母教会も、距離的に毎主日参るのに身体的疲労を感じていたのは事実で。そこで兵庫県内にて通える教会を探していたところ、学生時代に研究室でお世話になっていた洛北教会のN.K.兄弟の奨励と、M.K.姉妹の招待をいただき関西学院教会の門をくぐった次第です。それにしても神様がこの教会への道を用意してくださったとしか思いようがありません!!大学での出会いと思いやりの気持ちからこの教会に繋がれたのです。またこの契機によって、大学を卒業し後には薄れがちな恩師との関係も維持され、信仰と交わり両面から強められています。神様は不思議なことをなさるなぁと可笑しく思いながら、心の底から感謝の気持ちが溢れる思いです。
それでもつくづく私は怠けもので熱心なクリスチャンではなかったなぁと反省します。せっかく招いていただいたのに、日々の煩雑な職務に追われる日常で、また身体の弱みによって、日曜礼拝から遠ざかることが度々でした。その中でも青年会の方々が常々携帯に例会や企画の案内を送って下さり、そのたび教会に行きたい、礼拝で賛美したいという心を支えくださいました。修養会で神様の愛が青年会の方々を通じて顕れていたと発言して、会長のGさんは冗談っぽく気色悪がっていましたが 笑)、ナイチンゲールやマザーテレサを通じて神様が社会的弱者に愛を示したのと同じようにして、神様が絶やすことなく私に愛の手を差し伸べて「大丈夫」と言ってくださっていたのです。そうでなければ、私は自然により厭世的になっていたでしょう。就職してこの3年間、経済危機、大震災、同期に就職した友人の自殺・・・苦しく絶望的な事情の中でそれでも現実的、積極的な生活を送って今日に至るのは、神様と教会に繋げられてきたからです。
道を開き、手を引いて、安らぎと元気を与えてくださる、神様はそんな大サービスをしてくださる方です。今はコーヒースタンドでお手伝いさせていただくことになり、感謝の気持ちをちょっとでもお返する機会を与えられて、教会に繋げられる喜びが増し加えられていることに感謝します。在主
H.K.
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# by kgchurch-youth | 2011-07-15 17:10 | 青年会報の記事より